Tea for Two #5

『Tea for Two』 #05 *天ヶ瀬あかね編


#05「あかねにその紅茶の作り方教えてあげてくれないか?」

とらこん*Alternative 『Tea for Two』天ヶ瀬あかね編

――#05

 あかね達が最寄のスーパーに出かけた後、相馬家のリビングに残った貴之とシエルは、ボウルに積まれた大量のもやしを挟んで向かい合っていた。
「まさか、もやしの処理をする為に班分けしたとは……」
「だってこの方が美味しいじゃない」
「それはそうだけどさ」
 シエルが何故こんな事をはじめたのかイマイチ理解できない貴之は、もやしのヒゲを取りながら不満を漏らす。
「まぁ、こんなのどうでもいいんだけど」
「は?」
 シエルは黙々ともやしの処理をしながら意味不明な事を口走る。
「こんなの口実。何かやってないと、居残り組の意味がないっしょ」
「?」
「まぁ、もやしは下処理した方が断然美味しいのは本当。今日のメインはあくまで天ヶ瀬先輩の味付けが目的なんだから、時間短縮って意味ではこれは無駄な作業じゃない」
 シエルは一気にまくし立てた後に、試作品って言ってもどうせなら美味しいものは食べたいでしょと付け加える。先ほどからシエルの口調はどことなく突き放した感じだ。
「なんか僕、気に触る事言ったか?」
 シエルは作業をする手を止めて、掌のもやしを見つめる。
「ちょっと円に荒療治をしたかったの」
 しばらくの沈黙。止めていた手を再び動かし始め、シエルは語り始めた。
「タカユキ、もう半年間ぐらい私達とあんまり一緒にいないよね。天ヶ瀬先輩や三咲先輩にかまけてばっかでさ」
「……ああ」
「円は、すごい人見知りなんだから。いくら相手がタカユキの友達や彼女だからって、上手く対応できるわけないじゃん」
「そのぐらいは分かってるよ」
 そう貴之は返したが、わかってないとシエルは言い返した。
「どうせタカユキの考えって、自分達と円はもう別の道を歩むんだから、このあたりで少し距離を置いた方がいいとか、そんな感じっしょ」
 今度は貴之の動きが止まる。図星だった。
「それがタカユキなりの優しさだってのは理解してもいいんだけど、まだ高校生活一年以上あるよ。私達との関係を無視するにも限度があるって」
 そういうシエルを貴之はポカンと見つめる。
「お前……すごいな」
 素直に貴之が感心をする。今の歪な関係をシエルは見透かしている。彼女はそれを、今日ここで全部解決させるつもりなのだ。
「つまり、おまえはあかねと円に仲良くなって欲しいわけだな」
「うん。あと一年、アンタは円を見守らなきゃならない。わざわざタカユキの後を追いかけて一ノ谷までくっついてきた円の高校生活を灰色にしちゃダメだ。その為に天ヶ瀬先輩達と円は仲良くならなきゃいけないんだ」
「だから荒療治ってわけか……」
 円があかねと庄治と三人で行動するなど、考えた事もなかった。一体何を話しているのか貴之には想像もできない。それほど円は、貴之達以外の友人関係を作ってこなかった。
 それにしても、円が貴之の為に尽くしてきたのは、円自身の問題にすぎない。裏切りという言葉は似合わないだろう。このツケを貴之が支払うのは不条理極まりないと話と言ってもいい。
 だが、 そんな円の選んだ行動を、彼女が勝手に選んだ道だと決めつけ、甘え続けていた貴之には、シエルの助言が痛いほど心に染みていた。
「……タカユキは円を選ぶと私はずっと信じてたんだけどね」
 はき捨てるようにシエルは言った。
「だけど、僕はあかねを選んでしまった」
 貴之は沈んだ声で答える。
 円は貴之の事が好きだ。そして貴之もそんな円が多分好きだった。しかし貴之は、円を選ぶことで幼馴染グループの心地よい関係を壊してしまうことを恐れていた。円は自分から貴之に告白するような行動的な性格ではない。そんな円の性格に甘え、その気持ちを知りながら彼女を選ぶ決断をしなかった。
「どうかしてるよ、ホント」
 シエルは水を張ったボウルの中へ、無造作にぽいっともやしを投げ入れる。
「天ヶ瀬先輩の事を一番に考えるのはいい。先輩には貴之が必要なんだって事もわかったし。でも、円だってタカユキをずっと必要としてた。だったらせめて高校生の間ぐらい、罪滅ぼしをするべきなんじゃない? タカユキ、円に甘え続けてきたんだよ?」
「……それが本当に円の為になるのか? あかねと僕が一緒に居ることを、円は許せるのか?」
 わざわざ辛い現実を突きつけるだけではないのか。貴之はそれを恐れ、今まで二人の接触を恐れてきた。
 そんな悩みを吹き飛ばすかのように、シエルは力強く言い切った。
「円なら許せる」
 その言葉は自信に満ちあふれたものだった。
「円はね、アンタが思うよりもずっとずっとアンタの事が好きだったの。タカユキの幸せな顔が見ていられるなら、それだけでいいと思うぐらい」
「…………」
「円にとって一番辛い事、それはアンタの笑顔を見られない事なんだよ」
 貴之の脳裏に、いつも隣で微笑みかけてくれていた円の姿が蘇る。
「……さっき久しぶりに心の底から楽しそうにしてる円を見て……円はこんなにもタカユキの事を好きだったんだってわかった。そんな子をないがしろにしてたタカユキに腹が立った」
 円は貴之を責める事など望んでいないだろう。それでもシエルの口は止まらなかった。
「円は、みんなで仲良く高校生活を送りたい……んじゃないかな。タカユキはそれを……どう思ってるの?」
 円のことを話しているはずなのに、いつの間にか抑えていた自分の感情を告白しているかのようになっている。そのことに、シエル自身が驚いていた。
「みんなで仲良くか。それが円の……」
 貴之はポツリと呟いた。
「いや、なんでもない」
 円はみんなで仲良く、笑顔で過ごしたいのだ。それこそ学生の間ぐらいは。そんな彼女のささやかな夢は守らなければならない。
「やっぱお前はすごいよ。色々とありがとな」
 照れくさそうに笑う貴之の顔を、シエルは少しだけ潤んだ目でまっすぐに見つめた。
「……そう思うなら、私を選ぶべきじゃね? こんな美少女中々いないぞ」
 シエルはふっきれたような笑顔でそう答えた。貴之はその笑顔が先ほど思い出したの円の笑顔と同じである事に気が付く。
 貴之は、円が本当に望んだ事とはなんだろうと考える。どうすることが正しかったのだろうかと。
「お前にしておけば、円も納得したのかもしれないな……」
 それを聞いたシエルは真顔で貴之を睨んだが、すぐさまニシシッと笑いはじめた。
「悪いけど、そうなったら私がタカユキをふるけどな!」
 もっともだと貴之は答え、二人で笑いあう。空気は以前と同じものに戻っていた。
 貴之は、自分があかねと付き合うことで円とは友達でいられなくなってしまうのではないかと思っていた。しかしそれは間違いだ。円には自分が貴之に選ばれるかどうか以上に大切なことがある。彼女は貴之に笑顔でいて欲しいのだ。そしてそれを隣で見ていたいと望んでいる。彼女が望む以上、自分はその願いを叶えなければならない。いや、叶えたい。貴之は心の中で覚悟を決める。
「がんばるよ」
 静かに、だが力強く答える貴之に、シエルは嬉しそうに頷いた。
「んじゃまぁ、ちょっとお茶でも飲む?」
 満足したシエルは、いつもの調子に戻るとよいしょと席を立つ。
「そうだな、たまには紅茶でも淹れてくれ」
「ん、しょうがないから今日はリクエストに応えてあげよう」
 普段は日本茶を好むシエルだが、たまに淹れる紅茶は絶品だ。どうやら円の直伝らしい。台所でカチャカチャとティーカップを並べ、手鍋の用意を始める。それをカウンター越しに眺めながら、貴之はふと思いついたことを口に出した。
「……シエル。あかねにその紅茶の作り方教えてあげてくれないか?」
 アッセム茶葉を使った、円直伝のロイヤルミルクティー。シエルと二人で何度も飲んだ、舌に馴染んだその味を貴之は忘れたくなかった。円の紅茶の作り方を、シエルを通してあかねに伝える事が、円との今までを記憶にとどめる最適な手段だと思ったのだ。
「……ふ~ん。ま、いいけど。タカユキは自虐的だな」
「ほっとけ」
 彼の思うところを察したのか、苦笑いしながらシエルは鍋を火にかけた。

「え?……えと、タカくんと私の関係……?」
 庄治からの質問に円は戸惑いを隠せなかった。
 彼女はあかねとは必ずこの話題になるだろうと心構えをしていた。もしかすると、この話題はあかねとの距離を縮めてくれるかもしれない。同時に、あかねから自分の知らない貴之の事も聞いてしまおうという、彼女なりのしたたかな気持ちも含まれていた。
 しかし、どんなタイミングでどう切り出せばよいのか全く思い浮かばなかった。それがこのような場所で、しかも想定外の人物から話題を振られた。
 突然のことで戸惑いもしたが、このことを話すのは今をおいて他にない。
 聞こう、話そう。
 そう決心したとたん、これまであかねを前にして一向に開いてくれなかった彼女の唇は、庄治の質問に呆気ないほど簡単に言葉を紡いだ。
「……そうだね。小学生の一年生の時からだから、もう十年近いのかな」
「へぇ~、そんな長いんだ。じゃ、アイツの昔の話とかちょっと教えてよ」
 あかねがピクリと反応をする。庄治はそれを見逃さなかった。このまま貴之の話題を続ければ、あかねも会話に乗ってくるのではないだろうか。
「タカくんの昔話……? そんなに大した事なんてなかったと思うけど」
 普通の男の子だったよ、と円が困ったように笑う。
「昔はヤンキーでした、なんて衝撃の過去があったら面白かったんだけどなぁ」
「タカくんがヤンキー……ちょっと面白いかも」
 クスっと笑う円を見て、庄治は正直ホっとしていた。出発してから初めて円とまともな会話が出来た事はもちろん、それ以上に自分が怖がられているのではないかという心配が、どうやら杞憂に終ったことに安心したのだった。
「でも、タカくんはたまに怒ると怖いよ」
「え、アイツがマジで怒るような事なんかあるのかよ?」
「んー……私の記憶の中だと……二回ぐらいかな」
「少ねぇ!!」
「そうだね、自分の事ではあんまり怒らない人だから」
「でも、怒りっぽい感じではあるよな、アイツ」
「あはは、タカくんは他人に合わせる事が多いからしょうがないと思う。あんまり自分の事言わないしね」
「ああ、わかるわかる、相馬は大体一人で答えを出しちゃってる感じがあるよな」
「うん。だから、私もね、なんでタカくんが怒るのかとか、実はよくわかんないんだ」
 二人の楽しそうな会話に、一人取り残されていたあかねは思わず呟く。
「貴之……怒ることなんかあるんだ……」
「お!! 天ヶ瀬混ざれ混ざれ!!」
 しまったと口を押さえたあかねは、バツの悪そうな顔を庄治と円に向けた。
「あ、天ヶ瀬さんにも聞いてほしいかな……?」
 あかねの背中を押すかのような円の一言に、観念した彼女は「混ざりたいです」と小さな声で答えた。
 成功だ! 立ち上がって叫びたい衝動を押さえ、庄治は心の中で全力でガッツポーズをする。このシエルからの無茶な指令を完遂するために、二人をスタートラインに立たせることが出来た自分を褒めてやりたい。心からそう思った。
 それにしても案外あっけなく事が運んだ。ひょっとして、お互いに何を話そうかと悩んでいただけなのかも知れない、とも思えた。
 そんな庄治の企みなど知る由もない二人の少女は、なんとなくキョロキョロとしながら会話の糸口を探す。先に勇気を振り絞ったのは円だった。
「あ、天ヶ瀬さんは、タカくんのことで何か知りたいことってないかな?」
 あかねはドキリとして目を逸らす。
 あかねには以前からずっと気になっていた事があった。今日という日も、実はその事で頭の中が一杯だった。是非円自身の口からそれを聞きたいと思っていた。しかしそれを聞いてよいものかどうか、躊躇していた。
 そうやってズルズルと時間だけを重ねてしまっている中で、不意に訪れたこの千載一遇のチャンスを生かさない手はないと、思い切って聞いてみることにした。
「あ、あのね、月島さんは……貴之、くんと、付き合ってた事……あったりする?」
「なんだその取って付けたかのような、くん付けは」
 今更それはないだろうと庄治が呆れた声を出す。あかねは、うるさいなと小声で答えると、キョトンとしている円へ再び質問をする。
 「いや、そのね? 貴之……くんは、あんまり自分の事話さないじゃない? そりゃ、あたしはまだ出会って半年だからさ、知らない事は多すぎるんだけど。そ、それでもその半年間だけでアイツの事を、ああ、えーと、ホラ、ね?」
 中腰になり、あたふたと謎のジェスチャーで、なんとか質問を返すあかね。そんな彼女の行動に思わず円と庄治は笑ってしまう。
「いやぁ、天ヶ瀬、いいよいいよ! おまえ、前より全然いい!」
「ふふふ、笑ってごめんね、天ヶ瀬さんって……その、可愛いね」
 あかねは、よくわからないポーズで固まったまま、今度は耳まで真っ赤になると、へなへなと椅子に腰を落とした。
「月島さんはまだいいとしても、丘村にまでこんなとこ見られるなんて……」
「いやぁ、こっちとしては楽しすぎるけどな」
 笑い転げる庄治。憮然とした顔つきのまま黙り込むあかね。円はそれが余計におかしくなり、思わず吹きだしそうになるのを懸命に堪え質問に答えた。
「私とタカくんはね、本当に幼馴染ってだけなの。それ以上の関係なんてないよ。……私が人見知りなせいもあって、普段はタカくんに寄りかかり過ぎだから、そう思われちゃっても仕方ないけどね」
 はにかみながら答える円の顔を見て、あかねのは肩の力がスッと抜けていった行くのを感じた。
「そ、そうなんだ……。そっか、そうだよね。うん」
「安心した? なぁ、天ヶ瀬安心した?」
「アンタ、さっきからケンカ売ってるの!?」
「いやぁ、可愛いなぁって思って」
 庄治がここぞとばかりに茶々を入れる。彼としては、さっきまでの鬱憤を晴らす絶好の機会だ。あかねの、悪態をつきながらもきまりの悪そうな様子を楽しみながら、彼はさらに猛攻をしかける。
「で、その可愛い天ヶ瀬は、相馬と月島さんの関係をなんで疑ってたのかな~?」
 答えはわかりきっている質問だが、あかねは言葉に詰まり、涙目になっている。
「まぁまぁ、あんまり一気にまくしたてちゃ可愛そうだよ」
 見かねた円が助け舟を出す。月島さ~んと、本気とも冗談ともつかないような情けない声で、あかねは自分の椅子をガタガタと円の方に近づけた。
「ご、ごめんね、こんな事聞いちゃって! 気を悪くしてたら謝る!」
「大丈夫だよ~、それよりも天ヶ瀬さんの方が、なんというか……」
 あかねが貴之を想う気持ち。それが円には痛いほどわかる。
 好きな人のことで右往左往しているあかねの姿は、まるで鏡に映った円自身を見ているかのようだった。
しかし、あかねは内に秘めた心を、恥ずかしくとも口に出して他人に伝える事ができる強さを持っていた。円にはなかったものを持つあかね、自分にはできなかった事を叶えたあかね。
 だからこそ、円はあかねを認める事ができる。
 次の言葉を待つあかねに、彼女は笑顔で答えた
「ううん、なんでもない。天ヶ瀬さんってやっぱり可愛いなぁって思ったの」
「え、ええ、え?」
 うろたえるあかねの顔を見ながら、円は優しく微笑んだ。

―― Next #06