『Summer vacation Quartet』 #00 *天ヶ瀬あかね編


#00/おっぱいと知性とビーチパラソル

サマーバケーション・カルテット

――#00

「海だあああ!!!」
「何を当たり前の事を」
「違う! これこそがオレ様の求めていた海、本当の……そう、真実の海なんだ!」
「うるせぇなぁ、丘村は」
「全くだね」
「おいおいおいおい! 待ちわびた海水浴だぞ!」
「はいはい、そうだな」
「トキメキビーチサイドラブだぞ!」
「なんだそりゃ」
「俺様、昨日ほとんど寝てませんが何か!?」
「人類は睡眠なしでは生きられないよ」
「いやいやいやいや、テンション低すぎだろオマエラ!!!!」
「だってなぁ……」
「ああ、暑いしな」
「全くだね」
「だぁぁぁ!!! お前らはご老体か!!! 死に体か! 埋葬すんぞゴラァ!!! くそ、ここに同じ感動を分かち合える同志は居ないのか! ぐ、ぐ、おおお……ウォォォォ……」

 学生にとって八月といえば夏休み。夏休みと言えば海だ。
 高校三年生の夏といえばそれぞれ何かと色々事情があるものだが、それを差し置いてこうして皆集まったのだ。否応なしに気分も高揚してくるというのも無理はない。男一匹丘村庄治も、喜びに咽びかえるあまりテンションがどうにかなっている。ひょろっとした生白いその身体に、無駄に気合が入ったブーメランビキニが物悲しい。
「フ、フヒヒヒヒ、オレが、このオレが、このオレオォォォォォ!!!」
 雄叫びを上げる庄治の周りから、潮が引くように人が離れていく。
 友人と言えどもさすがに近寄りたくない。というか仲間と思われたくない。相馬貴之は他人の顔を決め込んで、庄治の横を静かに通り過ぎていく。
「彼は、あのまま放っておいていいのかな?」
 仁王立ちで天を突くポーズで固まった庄治から離れていく一行の中、一人の少年が訝しげに貴之へと耳打ちをする。
「アイツはまぁ、強いヤツだから。大丈夫だろ、多分」
 長身で整った顔立ちの少年の問いに貴之は少しだけ気圧されながら答えた。
「そうか、モテない男性の気持ちは僕にはわかってあげられなくてね。残念だ」
 普通なら嫌味にしか聞こえないセリフだが、何故かそう感じさせないところが花房了輔の凄みだ。これが本当のイケメンというものなのだろうか。庄治とは違い、しなやかな筋肉に覆われた引き締まった肉体にブ
ーメランパンツもバッチリ決まっているのがまたなんとも言えない。
「おい、お前らもさっさと傘差すの手伝えよ!」
 ビーチの一角に場所を確保した結城和泉が大きな声をあげた。
「おや、これはすまなかった結城くん。しかし、それはビーチパラソルと言って……」
 了輔の返事はなんだかピントがずれている。
「いや、傘でいいだろう。傘なんだし」
「傘ではあるのだが。……うむ、確かに傘だ。その言い回しで良い気もしてくるね」
「だろう? 花房はどっかの頭でっかちと違って話がわかるな」
 了輔は荷物を置いて、もう一本のビーチパラソルを和泉から受け取った。
「なんつーか、露骨に目立ってんじゃねーか……」
 二人の会話を傍で聞いていた貴之には、先ほどからチラチラとこちらをうかがう周りの女性達の視線が気になって仕方がなかった。
 優雅で知的な雰囲気を漂わす花房了輔。ワイルドで頼りがいのありそうな結城和泉。タイプこそ違え、この二人は確かに人の目を引く存在だ。
 この二人は性格的に合わない。
 旅行前に抱いていた貴之の心配は杞憂に終った。だが、仲が良ければ良いで、ただでさえ目立つ二人が一緒に行動するということを完全に失念していた。
 この長身イケメン二人がコンビを組むとなれば、その注目度たるや二倍三倍どころの話ではない。彼らより身長も体格も、悔しいことに顔の造形も劣る貴之が、溜息交じりで卑屈になってしまっても、それは仕方のない事かもしれない。
「……それにしてもどうしていつもいつもこう邪魔が入るのか」
 遥か後方で彫像のように固まっているお馬鹿な少年と、二人のイケメン男子の存在。一つや二つ悪態を突いたところで、誰にも貴之を責めることは出来ないだろう。
「まぁ、こういうのも悪くないけどな」
 貴之はビーチパラソルの影から顔を出して、もくもくとどんどん形を変えながら立ち上がってゆく入道雲を見つめつつ、気持ちを切り替えた。

「うわ、シエルちゃんはやっぱり大きいんだね」
「はい、大きいですよー。馬鹿なんで胸だけは大きくなっちゃったんです」
「あれ、胸の大きい子は頭いいっていうよ?」
「え? そうなの? でも円ちゃんも私もそんなに良くないじゃん」
「あはは、そうだね」
「え、それは私達がアホって事ですか!?」
「いやいや待って、今あたしも仲間にしたよね、凪!」
「あかねさんは、胸そこそこあるじゃないですかー」
「待てい! そこそこってなんじゃ!!」
「そうです、そこそこある人には、私の気持ちはわかりませんよ!」
「うあ、凪先輩かわいい……」
「きゃーーー!」
「こら、シエルちゃん! あたしの許可なく凪で遊んじゃダメーッ!!」
「賑やかなだなぁ、って、きゃあああ!!!」
「円ちゃんも、喰らえ!!」
 女子更衣室から出てきたばかりの四人は、暴走したシエルに巻きこまれて二重三重に絡み縺れあい砂浜に倒れこんだ。
「あっつい!!」
「砂、あっつ!!!」
「痛いです!!!」
「~~~~!!!」
 四人は飛び起きるように立ち上がると、互いの顔を見合わせて大きな声で笑った。
 そして、それぞれ自分の荷物を手に取り、男子達との合流地点を目指して改めて歩き始めた。

 「来ちゃったねー」
 肌がジリジリと焼けるような暑さの中、眩しく光る海に見蕩れていたあかねは涼しげな声で呟いた。
 彼女につられるように凪も同じように来ちゃったねと返す。
 見覚えのある砂浜。思い出の場所。そう、ここは去年あかね達が演劇部の合宿で訪れた、あの海だ。
 だが今回の旅は完全なプライベート。
 場所は同じでも、これまでとは違う新鮮な驚きでいっぱいの旅。
 朝、凪が迎えに来てくれたこと。久しぶりに母親と凪が楽しそうに話しているのを見たこと。
 駅で貴之達と待ち合わせたこと。案の定、庄治が遅刻をしてきたこと。
 みんなで朝ごはんを食べたこと。おにぎり派とサンドイッチ派で他愛もない口論になったこと。
 電車の中、ババ抜きで盛り上がったこと。円がとんでもなく強運であることに戦慄を覚えたこと。
 バスの中でウトウトとした時に聞いたみんなの声が、とても安心できるものだと知ったこと。
 あかねにとって全ての体験が宝物だった。
 そして、今からもっと素敵な事が起こるに違いないという予感――
「ふふ、たのしいなぁ……」
 湧き上がる期待感があかねの妄想回路を激しく刺激する。すでに彼女の頭の中は、彼氏と二人きりで過ごす夜の砂浜のシミュレートに入っていた。
「あかねさん、ずいぶんとお顔がだらしないことになっていらっしゃいますわよ」
 後ろを歩いていたシエルがあかねの横腹をつつきながら、口元に手をあて、オホホホと意地悪く笑う。
「ひぇっ!?……ジュルッ」
「……ぷっ」
 慌てるあかねに、凪も思わず噴き出した。
「なんていうか、ごめんね、二人だけの旅行だったはずなのに」
 円も笑いをこらえながら、よだれを拭くそぶりを見せるあかねに向かい合う。
「え!? なんで謝るの!? べ、別に残念とか思ってないよ!?」
 狼狽するあかねを見て三人はケラケラと笑った。
 再びこんなにも楽しい夏を迎える事が出来た。
 神様が居るなら感謝してもしきれない。容赦なく肌を焼く真夏のまぶしい日差しに手をかざしながら、あかねはそう思った。

 相馬貴之と天ヶ瀬あかね。
 恋人となった二人が、生まれて初めて恋人同士で過ごす泊りがけの旅。
 目立たずひっそりと。
 しかし、甘酸っぱい思い出を作るはずであった計画は見事に友人達にジャックされ、白紙に戻った予定表にはこのお祭り騒ぎが書き込まれた。
 が、それも悪くない。いや、望むべき旅はこれに違いなかったのだ。
 ちょっとだけ離れた場所で、同じ夏の空を見上げる貴之とあかねは、全く同じ気持ちでいたのだった。

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